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給与のデジタル払いで、これから変わる3つのこと

ー振込手数料、外国人労働者給与はどう変わる?

企業の給与デジタル払い、解禁へ――企業が賃金をpaypayやLINEpayなどのスマートフォン決済アプリの口座に、直接入金することができる「給与デジタル払い」が実用に向けて本格的に動き出しました。厚生労働省が2022年度中をめどに省令を改正し、早ければ2023年4月から運用される見通しです。

この記事ではそもそも給与のデジタル払いとは何か、給与デジタル払いが労働者・企業に与える影響は何か、給与デジタル払いのメリット・デメリットから、給与のデジタル払いでこれから変わる3つのことについて解説していきます。

給与デジタル払いとは

給与の支払い方法といえば、現在では、銀行口座への振込が主流です。今回の「給与デジタル払い」の解禁で、給与の振込可能先に〇〇Payや電子マネーなどの決済アプリ会社の口座が含まれるようになります。

決済アプリは、スマホ画面で表示したQRコードをかざしたり、読み取ったりするだけで支払いができるアプリです。

このアプリは、スマホさえあれば買い物で財布を必要とせず、手軽に決済ができることから利用者が増えていきました。しかし、決済は手軽であるものの、決済の前に予めアプリの口座にお金をチャージ(入金)しなければ利用できず、手間がかかる一面もありました。

「給与デジタル払い」の解禁は、決済アプリの口座に給与が直接入金されるため、利用者の決済前に行うチャージの手間が減ります。

そのため、決済アプリの利用者がより一層増えることが予想され、日本のキャッシュレス化を推し進める契機になることでしょう。

2021年におけるキャッシュレス決済比率は、一般社団法人キャッシュレス推進協議会による「キャッシュレス・ロードマップ 2021」によると、日本が32.5%、韓国が94.7%、中国が77.3%、カナダが62.0%でした。

諸外国に比べると、日本のキャッシュレス化はまだまだ遅れを取っていますが、「給与デジタル払い」によって、給与をデジタルで受け取る労働者が増えればキャッシュレス決済を行う機会が増え、日本のキャッシュレス決済率も上昇していき、現在の諸外国への遅れを取り戻すことができるかもしれません。

引用元:キャッシュレス・ロードマップ 2021

「給与デジタル払い」の導入背景とは

「給与デジタル払い」が浮上した理由には、米国などで導入されている銀行口座がない人でもATMから現金が引き出せたり、デビットカードのような決済手段として使えたりする、「ペイロールカード」のような仕組みを日本でもできないか、というところから議論が始まった背景があります。

ペイロールカードは一言で言えば「プリペイド式カード」のことであり、審査不要で発行ができるため、銀行口座を持たない人でも使用することが出来ます(州によって認可の如何は異なります)

米国では銀行口座を所持している場合、口座維持費用を支払う必要があります。銀行によっては、決められた平均残高以上が口座にあれば無料になるところもありますが、そもそも低所得世帯には平均残高を維持することさえ困難です。ペイロールカードは、そういった手数料等も発生しないことから、新たな給与の支払い手段としても、徐々に普及しているようです。

一般的に日本においては銀行口座を持つハードルは米国に比べて高くないが、特に外国籍の労働者にとって日本で銀行口座を開設するのは簡単なことではありません。そのため、決済アプリの口座に入金する「給与デジタル払い」によって、銀行口座を持たない外国人労働者へのスムーズな給与支払いが可能になることも期待されています。

当初よりも遅れる導入。その理由は

「給与デジタル払い」は当初2020年中の制度化が目指されていましたが、厚労省の労働政策審議会での意見がまとまらず、議論が続いていました。

主な論点となっていたのは、労働者を保護する仕組みの整備についてです。

  1. 決済アプリの会社が経営破綻した場合の決済アプリ内にチャージ済金額の保証
  2. 第三者により賃金が不正に引き出されてしまった時の補償
  3. 給与振り込みや決済データ等、個人にかかわる情報を保護するセキュリティの強化

これらの仕組みの整備は、どのように検討されたのでしょうか?

1.決済アプリの会社が経営破綻した場合の決済アプリ内にチャージ済金額の保証

銀行の場合、経営破綻した場合の資金の保障については、預金保険法に定められており、預金者1人当たり1,000万円までの元本と、破綻日までの利息が払い戻されます(円預金のみ)。決済アプリ会社の場合は、決済アプリ会社に保証委託を義務付け、アプリ内にチャージした金額の未払いなどが発生しないように求める方向で、検討が進められました。

2.第三者により賃金が不正に引き出されてしまった時の補償

不正利用に関しては、金融庁が資金決済法や事務ガイドラインなどで一定のルールを定める方向で、検討が進められました。また、第三者による不正利用としては「ドコモ口座」を経由し、地方銀行に口座を保有する人の預金が不正に引き出された事件が記憶に新しいかもしれません。この事件で注目されたのは本人確認の不十分さでしたが、NTTドコモは手数料も含め全額補償すると発表しました。

3.給与振り込みや決済データ等、個人にかかわる情報を保護するセキュリティの強化

これまで決済のみを目的として使ってきた口座に給与情報が紐づけられることにより、一層個人情報保護のセキュリティ対策を行う必要性が高まります。政府は、平成29年2月に策定された「安全管理措置等についての実務指針」の文書により、安全管理措置を資金移動業者に整備させる方向で、検討が進められました。

決済アプリの会社を介した給与振り込みは、初の試みであることから、その他にも、

  • 決済アプリの口座の有効期限は銀行と同様に10年間は確保すべき
  • 決済アプリの会社が指定要件を満たさなくなった場合、指定取消をどう行うか
  • 銀行振込か決済アプリの口座を使用するか、労働者の自由意志の担保が必要

など様々な意見が出されていました。これら数々の論点に対し、ようやく検討の方向性が見えてきたことから、「給与デジタル払い」の導入が現実味を帯びてきています。

賃金の支払いは労働基準法に定められている

日本における「賃金の支払い」は法律で定められています。どのように定められているのかを確認していきましょう。労働基準法第二十四条「賃金支払」では以下のように定めています。

①賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
②賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

ここで注目したいポイントは大きく2つです。

①支払われる賃金の形態

賃金は「労働者への直接の現金払い」が原則ですが、確実な支払い方法でありかつ厚労省が定める方法によれば、例外的措置が認められています。「銀行口座への給与振り込み」は実はこの例外的措置にあたりますが、「給与デジタル払い」もその例外的措置の対象となる見通しです。

②賃金の支払い

賃金は、その全額を毎月1回以上一定期日を定めて現金で直接支払わなければならない、とされています。月1回以上の定めがない場合、例えば「給与は半年分を一括で払う」などということもまかり通りかねませんが、この原則によって、労働者は毎月の給与支払いが保障されていることになります。逆に言えば月1回以上を守れば良いので、日払いや週払いでも問題はありません。

企業が給与デジタル払いを導入する前に知っておきたいこと

「給与デジタル払い」は決済アプリの会社、「資金移動業」と呼ばれる業種の仕組みを使うことになります。

「資金移動業」とは「資金決済に関する法律」に基づき、内閣総理大臣の登録を受けた銀行以外の為替取引を営む業を指し、三種に分類することができます。

  • 第一種:送金額に制限がない
  • 第二種:100万円相当額以下の送金のみを扱う
  • 第三種:5万円相当額以下の送金のみを扱う

企業が「給与デジタル払い」の仕組みを導入する場合、「第二種」に登録されている業者を選択する必要があります。「第二種」には令和4年8月31日現在、85社の資金移動業者が登録されています。

銀行と同等程度の資金保障、第三者不正利用時の補償、個人情報保護のためのセキュリティの強化――少なくともこれらをクリアしない限り「給与デジタル払い」の実現は困難であるとされ、長らく審議が続いていました。

これらの論点を踏まえ、2021年4月、労働政策審議会において、資金移動業者の指定要件が上げられました。

参考元:資金移動業者の指定要件

指定要件をクリアしないと「給与デジタル払い」が可能な資金移動業者として認められません。「第二種」の業者は85社ありますが、「給与デジタル払い」のサービスに参入する業者は、初期段階では限られると考えられます。

アプリ残高の限度は100万円以下まで?

第二種の決済アプリの口座に各ユーザーは100万円以下であれば、残高を入れておくことが可能ですが、逆に言えば100万円を超える残高を所持することができません。これは、資金移動業の口座が「資金を”一時的に”置いておく場所」とされており、銀行の預金口座のような形で利用されることが想定されていないためです。

給与の支払先を決済アプリの口座に指定し、毎月給与が振り込まれるようになれば、場合によっては口座上限の100万円を超えてしまうため、給与の入金エラーが発生してしまうことも考えられます。

そのため、予め決済アプリの口座と銀行口座の紐づけを行い、溢れ出た分については自動的に銀行口座に入金される仕組みが想定されているようです。しかし、銀行口座を持たない外国人労働者に同様のことが起きた場合、給与を振り込むことができず、結果として事務的な処理が発生し、企業の負担が増えることも予想されます。

手数料の軽減と柔軟な支払い対応が導入企業のメリット?

「給与デジタル払い」を導入する企業が期待することの一つに、「振込み手数料の軽減」が上げられます。具体的に各資金移動業者における振込み手数料等の費用体系についてはまだ具体的な金額は出ていませんが、従業員の銀行口座毎にかかる手数料よりも割安となる可能性があります。

また、手数料の軽減により給与支払いが1ヶ月に1回の固定化されたものではなく、労働者毎の対応が可能になれば、柔軟な企業として取引先や労働者に対するアピールポイントになるかもしれません。給与支払いが柔軟になることで、これまで囲うことができなかった人材との取引ができるようになれば、貴社の更なる発展に寄与することができるでしょう。

導入に際して想定される企業のデメリットは?

第二種にあたる資金移動業者85社の内、何社が「給与デジタル払い」に対応するかは未定ですが、各社ごとに口座への振込み手続きが異なる場合、導入・運用のコストが高くなることも予想されます。

そもそも従業員が「給与デジタル払い」を望んでいるのかについて、予め把握しておく必要もありそうです。銀行振込と比較し、「導入・運用コスト」「手数料」「需要」などについて検討が必要でしょう。

例えば、正社員等毎月給与を支払う必要がある社員には現行通り銀行振込で対応し、日払いや週払いなどの短期労働者については、「給与デジタル払い」を適応する、などの使い分けも考えられます。

給与デジタル払いがもたらす3つの変化

総務省によるマイナポイント事業の実施や、各資金移動業者によるポイント還元キャンペーンなど、普及・促進の取り組みが行われているものの、依然として日本では現金払いが主流となっています。

ですが、「給与デジタル払い」が進むことで、決済アプリへの面倒な残高のチャージが不要になることからキャッシュレス決済の利用者が拡大されることが予想されます。

まとめると、給与デジタル払いの導入で以下の3つの変化があります。

  1. 銀行口座のない労働者(特に外国人労働者)への支払いが容易になる
  2. 企業としては振込手数料の軽減が期待できる(ただし、運用・導入コストについては要検討)
  3. 決済アプリへのチャージが不要になり、利用者にとっての手間が削減され、キャッシュレス決済が促進される

チャージ残高が100万円以下までであることや、現金化に対応していない決済アプリがあることなど、まだまだ課題面も多くありますが、「給与デジタル払い」のサービスを提供できれば、資金移動業者は手数料収入の拡大や、更なる決済データの収集が見込めます。企業側にサービスを採用してもらうため、各資金移動業者がより良いサービスの提供を目指し競争を始めることが予想されますので、「給与デジタル払い」の本格的な運用開始予定の2023年春まで、企業も労働者も動向をチェックしておく必要がありそうです。